シンポジウム要旨
私たちの地球の未来のためのテクノロジー
~遺伝育種への可能性~
- ゲノム編集がもたらすもの
i-GONAD法を活用した動物ゲノム編集の革新と未来展望
大塚正人先生(東海大学) - 人工知能がもたらすもの
AIによる生命現象の分子基盤解明に向けて
富井健太郎先生(産総研) - 可視化技術がもたらすもの
光と生命のたわむれ ~Interplay between Light & Life~
宮脇敦史先生(理研) - 総合討論
座長: 西堀正英(広島大学)
間 陽子(東京大学)
シンポジウム1 ゲノム編集がもたらすもの
i-GONAD法を活用した動物ゲノム編集の革新と未来展望
大塚正人 東海大学医学部基礎医学系
【要旨】
CRISPR-Cas9系に代表されるゲノム編集法は、その設計の容易さから急速に普及し、研究者にとって不可欠なツールとなっている。この技術は遺伝子改変マウスの作製にも応用されており、DNAだけでなくmRNAやリボ核タンパク質(RNP)の導入によって標的遺伝子の改変が可能となったことに伴い、受精卵への試薬送達法にも新たな進展が見られている。我々はこれまでに、卵管内に存在する受精卵にin vivoエレクトロポレーションを施すことで受精卵ゲノム編集を行うimproved Genome-editing via Oviductal Nucleic Acids Delivery(i-GONAD)法を開発した。この方法は、従来の遺伝子改変マウス作製において必須とされていた「採卵」、「試薬の受精卵への導入」、「受精卵の培養」、「処置後の受精卵の偽妊娠マウスへの移植」といった複雑な胚操作ステップを完全に省略できるものである。これにより、胚操作技術に不慣れな研究者でも遺伝子改変マウスが容易に作製できるようになった。さらに、この技術はマウスにとどまらず、体外での胚培養が難しい動物種にも適用されつつあり、幅広い生物種への応用が期待されている。今回、i-GONAD法の特長や実施例、適用可能な動物種に加え、技術的課題とその解決策、さらには今後の応用可能性や開発の方向性についても紹介したい。
【略歴】
2000年3月 名古屋大学 大学院理学研究科 博士後期課程生命理学専攻修了 博士(理学)
1998年4月~2000年3月 日本学術振興会 特別研究員(DC2)
2000年4月~2003年3月 東海大学 医学部 博士研究員
2003年4月~2009年3月 東海大学 医学部あるいは総合医学研究所 特任助教(助手)
2009年4月~2010年3月 東海大学 総合医学研究所 特任講師
2010年4月~2014年3月 東海大学 医学部 講師
2014年4月~2019年3月 東海大学 医学部 准教授
2019年4月~現在 東海大学 医学部 教授
1995〜2002年度まで、メダカ変異体の発生遺伝学的解析に携わり、2003年度よりマウス発生工学的技術の開発と応用に関連する研究に従事
シンポジウム2 人工知能がもたらすもの
AIによる生命現象の分子基盤解明に向けて
富井健太 産総研 人工知能研究センター
【要旨】
さまざまな生命現象の実態はタンパク質や核酸などの生体分子が担っており、それら分子の機能と密接に関係している立体構造が明らかになると、研究推進に有益な機能発現機構などに関する情報がもたらされることが多い。多大な努力によって、これまでに多種多様な生体分子の立体構造決定がなされ、この恩恵に浴してきた。これに加え近年では、今年のノーベル化学賞受賞に象徴されるように、決定された大量の立体構造情報に立脚したAIがタンパク質などの立体構造予測に果たす役割は非常に大きなものとなってきている。
本発表では、こうしたAIの代表格の一つであるAlphaFoldの大まかな仕組みや従来(の予測)手法との関係、そして、AlphaFoldのような帰納的予測法が多くのタンパク質に対して有効である背景などについて紹介する。また、立体構造の予測によりどのような知見がもたらされ(得)るかについて、具体例を交えつつ紹介する予定である。
【略歴】
1998年 京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了
1998年 株式会社生物分子工学研究所(BERI) 情報解析部門
2000年 Dept. of Plant & Microbial Biology, University of California, Berkeley
2001年 産業技術総合研究所(現在: 人工知能研究センター 研究チーム長)
2006年 東京大学大学院新領域創成科学研究科(併任: メディカル情報生命専攻情報生命科学群分子機能情報学分野 客員教授)
2016年 横浜市立大学大学院生命医科学研究科(併任: 生命医科学専攻機能構造部門構造細胞科学研究室 大学院客員教授)
2020年 奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科(併任: 情報科学領域教育連携研究室生体分子情報学研究室 客員教授)
シンポジウム3 可視化技術がもたらすもの
光と生命のたわむれ ~Interplay between Light & Life~
宮脇敦史 理研CBS 細胞機能探索技術研究チーム
【要旨】
細胞の中を動き回る生体分子の挙動を追跡しながら、ふと、大洋を泳ぐクジラの群を想い起こす。クジラの回遊を人工衛星で追うアルゴスシステムのことである。背びれに電波発信器を装着したクジラを海に戻す時、なんとかクジラが自分の種の群に戻ってくれることをスタッフは願う。今でこそ小型化された発信器だが昔はこれが大きかった。やっかいなものをぶら下げた奴と、仲間から警戒され村八分にされてしまう危険があった。クジラの回遊が潮の流れや餌となる小魚の群とどう関わっているのか、種の異なるクジラの群の間にどのような interaction があるのか。捕鯨の時代を超えて、人間は海の同胞の真の姿を理解しようと試みてきた。
バイオイメージング技術において、電波発信器の代わりに活躍するのが蛍光性や発光性のプローブである。生体分子の特定部位にプローブをラベルし細胞内に帰してやれば、外界の刺激に伴って生体分子が踊ったり走ったりする様子を可視化できる。蛍光や発光の特性を活かせば様々な情報を抽出できる。我々は、細胞の心をつかむためのスパイ分子を開発している。材料となるのは可視光を吸収あるいは放出するタンパク質である。そうしたタンパク質が、「光と生命体との相互作用」を巡る人類の発見から生まれ、それらの生物学的存在意義に関する我々の理解を超えて、ますます有用になっていく過程を広く考察してみたい。
超ミクロ決死隊を結成し、微小管の上をジェットコースターのように滑走したり、核移行シグナルの旗を掲げてクロマチンのジャングルに潜り込んだりして細胞の中をクルージングする、そんな adventurous な遊び心をもちたいと思う。大切なのは科学の力を総動員することと、想像力をたくましくすること。そして whale watching を楽しむような心のゆとりが serendipitous な発見を引き寄せるのだと信じている。
【略歴】
1987年 慶応大学医学部 卒業
1991年 大阪大学医学部大学院医学研究科博士課程 修了(医学)
1991年 日本学術振興会 特別研究員
1993年~1998年 東京大学医科学研究所 助手
1995年~1998年 University of California San Diego, Dept. of Pharmacology
1999年~現在 理化学研究所 CBS 細胞機能探索技術研究チーム チームリーダー
2013年~現在 理化学研究所 RAP 生命光学技術研究チーム チームリーダー